ポール・フリーマン(指揮)

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ポール・フリーマンは1967年にミトロプーロス国際指揮者コンクールで優勝し、黒人指揮者としては初のメジャー・コンクールの勝者として、その歴史的快挙で一気に世界中の注目を集めた。その後2011年に引退するまでに、アメリカを代表する指揮者としての地位を築き上げ、フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン交響楽団、ロンドン・フィル、イギリス室内管弦楽団、ロイアル・フィル(ロンドン)、ベルリン交響楽団、シュタットガルト室内管弦楽団、シカゴ交響楽団、デトロイト交響楽団、ナショナル交響楽団(アメリカ)、ニューヨーク・フィル、クリーブランド管弦楽団、モスクワ・フィル、サンクトペテルブルク・フィル、ワルシャワ・フィル、イスラエル・フィルをはじめとする30国以上で100を超えるオーケストラを指揮しており、録音したアルバムは200以上にも及ぶ。

 

フリーマンは1936年アメリカのバージニア州リッチモンドに生まれる。幼少時よりチェロクラリネットを買い与えられ、5歳より音楽を習い始める。1952年にイーストマン音楽学校に進学してチェロクラリネットを学び、1956年に卒業。卒業時にフルブライト奨学金を得てベルリン高等音楽院に留学し、エヴァルト・リンデマンに指揮法を学ぶ一方でヘルベルト・フォン・カラヤンのセミナーに参加して研鑽を積んだ。そして1961年アメリカに帰国後は、1966年までロチェスター歌劇場の音楽監督を務める一方で、ピエール・モントゥーリヒャルト・ラートらの下で指揮法を研究し、1963年にはイーストマン音楽学校で博士号を取得した。

その後、1966年から1968年までサンフランシスコ音楽院のオーケストラの指揮を任され、1968年からダラス交響楽団の副指揮者となり、1970にはデトロイト交響楽団の正指揮者に転任して1977年まで務めた、その間1974年から1977年までヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者を務めている。1979年から1989年までカナダのヴィクトリア交響楽団の首席指揮者を務め、同じ時期に1988年までサギノー交響楽団の音楽監督も兼任していた。1987年にはシカゴ・シンフォニエッタを創設して首席指揮者となった。1996年から2007年までチェコ・ナショナル交響楽団の首席指揮者を兼任。2011年にシカゴ・シンフォニエッタの職を辞任して指揮活動を引退した。惜しくもその4年後、カナダのヴィクトリア市の自宅で息を引き取った。永年79歳であった。

releases

リスト:ピアノ協奏曲第1番 

    コンソレーション

    愛の夢第3番

    2つの演奏会用練習曲

    バラード第2番​​

  長島達也(ピアノ)​

  ロイアル・フィルハーモニー管弦楽団、ポール・フリーマン(指揮)

*制作中(リスト協奏曲:録音完了、ソロ曲:録音予定中)

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